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最高裁判所第一小法廷 昭和44年(行ツ)11号 判決

横浜市中区長者町七丁目一一四番地

上告人

袴田電機株式会社

右代表者代表取締役

袴田英雄

右訴訟代理人弁護士

小村義久

横浜市中区野毛町三丁目一一〇番地

被上告人

横浜中税務署長

磯野精一

右指定代理人

二木良夫

右当事者間の東京高等裁判所昭和四〇年(行コ)第六号行政処分取消請求事件について、同裁判所が昭和四三年一〇月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中村蓋世、同小村義久の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひっきょう、原判決を正解しないでこれを非難するか、あるいは原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するにすぎないものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫)

(昭和四四年(行ツ)第一一号 上告人 袴田電機株式会社)

上告代理人中村蓋世、同小村義久の上告理由

第一、福田一雄名義当座預金の所有者

一、原判決(一審判決)の認定

(1) 原判決理由によれば

(イ) 有限会社袴田商会は昭和二五、六年頃より株式会社若月製作所、鳥居電器株式会社をはじめ多くの会社と仕入量の相当部分について「福田一雄」、「川辺 繁」等の虚無人名義を用い総額四八〇万円以上にのぼる正規の帳簿に記載しないいわゆる裏取引を行っていた(六枚目裏一行目より)

(ロ) 「福田一雄」名義の預金口座から袴田商会の簿外取引代金が支払われていることの一事は、右預金が同会社のものであることを推認させるに十分である。(九枚目裏二行目より)

(2) また原判決が引用する一審判決理由によれば(五の(一)の「福田一雄名義の当座預金」の項一八枚目表終から二行目より)有限会社袴田商会が訴外株式会社若月製作所、鳥居電器株式会社から昭和二九年五月より昭和三〇年一〇月までの間しばしば正規の帳簿に記載しないで商品を仕入れていたこと、そしてその仕入代金の支払に福田一雄という仮名を用いた三和銀行横浜支店に対する当座預金を利用していたことが認められるので、この預金は同有限会社の有するものと認められる。

二、上告人の主張

(1) 上告人は一、二審判決が指摘する株式会社若月製作所らとの取引が上告会社のいわゆる裏取引であることを争うものではない。従ってこの取引のため出入された右当座預金の一部に会社の財産が混入していることは認めている。(上告代理人は一審の元代理人弁護士天野郷三が主張した如く右取引が会社に関係のない佐藤豊治個人の取引であるといった形式論をするものではない。このことは原審における弁論の全趣旨に照しても明かである)

(2) 然し乍らその一部に会社の財産が混入しているからといって直ちに右預金の全部が会社財産であるという論旨は論理学的にも成立たない。

(3) 昭和二九年六月七日右福田名義預金に入金された金二七一、四〇〇円は株式の配当金である。

右事実は

(イ) 乙第一〇号証の一(福田一雄当座預金元帳二枚目六月七日の欄)

(ロ) 乙第六号証(山口税理士作成入出金一覧表三枚目六月七日の欄)

によって明らかである。

而して右配当金が有限会社の所有でなく袴田忠一郎個人の所有にかかるものであることは一審判決(原判決も引用)が「投資は訴外袴田忠一郎の行ったもの」(二六枚目表七行目)としてこれを肯認している。

若し一、二審判決の如き論法が弁護人側に許されるならば配当金の入金があるから福田預金は袴田忠一郎の個人財産であるという結論になる。

(4) この様な論理学の初歩的原則を無視した議論は許されない。

一方において会社の行為と目すべき取引上の入出金があり他方個人財産の入金がなされている。その他福田口座の内容を仔細に検討すれば手形の交換もあれば、貸付金の貸出、返金もあるし、証券の買入売却もある。これらの行為をそれぞれにつき遂一検討した上で福田名義預金を

(イ) 多少の個人財産の出入はあるが全体的に考え会社財産と看做し個人の入出金分だけを除外すべきものとする。

(ロ) 多少の会社財産の出入はあるが全体的に考え袴田忠一郎の個人財産と看做しそのうち会社財産の出入と目すべき部分のみを把えて財産増減の資料とする。

(ハ) 会社財産も個人財産も区別なくいわゆるどんぶり勘定で双方の財産が混入しているものと看做しこのうち会社財産の出入と目すべき部分を抽出して財産増減の資料とする。

三者の何れかを選択しなければ福田預金の所有者を判定することは出来ない。

(5) 処が一、二審判決は一部の裏取引による預金の出入を把えて全部の預金が会社の預金であると認定し第一の誤謬を犯し次いで明かに個人財産である株式配当金の入金によって生じた右預金の増加を以て会社財産の増加であると認定し第二の誤謬を犯し最後に右預金が会社財産であるからそれと関連のあるその他の預金、貸付金なども会社の財産であるとし揚句の果に債券や証券への投資売却による出入金は袴田忠一郎に対する貸付並に返金であるという誠に不可思議な論理を展開して第三の誤謬を犯すに至っては理由の齟齬ここに極まれりと断じて憚らない。

第二、新谷金作名義普通預金の所有者

一、原判決(一審判決)の認定

(1) 一審判決理由によれば(五の(二)の「新谷金作ら名義の各普通預金」の項、一九枚目表終から二行目より)福田一雄名義の右当座預金から昭和二九年五月より同年九月までの間に一〇回に総額六〇〇万円位の資金が訴外黄金証券株式会社における羽田という仮名の取引口座に入金され、また右羽田の取引口座を中心として、三和銀行横浜支店における新谷金作(仮名)名義の普通預金……にしばしば金銭の流出入があり……後記の貸付金の貸出や弁済にあたり右各預金相互間に共同一体の払戻預入の関係があること(後記参照)から、これらの預金はすべて同一の預金者すなわち有限会社袴田商会に属する資産と認められる。

(2) 原判決は右一審判決を引用し袴田商会の預金口座における出入金の関係からしてその他の預貯金、貸金、現金等の権利が同会社に属するものと認定している(九枚目裏七行目より)。

二、上告人の主張

(1) 新谷金作名義の普通預金が開設されたのは昭和二八年八月二五日であり(乙第一〇号証の二一枚目)福田一雄名義の当座預金が開設されたのは昭和二九年四月一日である(乙第一〇号証の一一枚目)。

(2) とすれば福田名義の当座預金から資金が流出入して新谷金作名義の普通預金が出来た、前者が会社の財産であるから即ち後者も会社財産であるという一、二審判決の論理は子供から親が生れたというに等しく理由に齟齬があるものと謂わなければならない。

第三、各種預金の所有者

一、原判決(一審判決)の認定

(1) 新谷金作、中村良作、川島一雄、渡辺春雄名義の各普通預金

前記第二の一の(1)及び(2)において引用したとおりの理由によりこれら普通預金は福田一雄名義の当座預金と一体の関係にあるので後者が会社財産である以上前者も会社の資産である。

(2) 袴田忠一郎名義の普通預金

一審判決理由によれば(五の(三)の「袴田忠一郎名義の普通預金」の項二一枚目表一行目より)この預金には、前記有限会社の取引先東京芝浦電気株式会社、松下電器産業株式会社からの入金や右松下電器に対する仕入代金支払のための払出が含まれているからこの預金も同有限会社のものと認定できるとし原判決もこれを引用している。

(3) 無記名定期預金

一審判決理由によれば(五の(四)無記名定期預金の項二一枚目裏六行目)この預金は渡辺春雄名義の預金から資金が出ており後者が会社の資産である以上前者も同様であるとし原判決もこれを引用している。

二、上告人の主張

(1) 各普通預金

福田一雄名義の当座預金が会社財産であるという前提が誤である以上原判決の認定は明かに誤謬である。

(2) 忠一郎名義普通預金

原判決(一審判決)摘示の入出金がなされたことは認めるがこれは右預金出入の一部分に過ぎない。一部を以て全部を類推することの非論理性は先に詳述したとおりである。

(3) 無記名定期預金

右預金が取組まれた経過は原判決(一審判決)摘示のとおりであるが渡辺春雄名義の預金が会社の資産であるという前提が誤である以上原判決の認定は明かに誤謬である。

第四、仲田、加納、関戸、大久保に対する貸付金の貸主

一、原判決(一審判決)の認定

一審判決理由(二一枚目裏終から三行目より)によればこれら貸付金の返済がなされ新谷金作名義の普通預金に入金されているので新谷の預金が会社の所有にかかるものである以上これら貸付金も亦会社の所有であると認定し原判決もこれを引用している。

二、上告人の主張

(1) 新谷名義の預金が会社の所有であるという前提が誤である以上原判決の認定は誤謬である。

(2) のみならず右各債務者に対し貸付金がなされた前後の経緯から判断して右貸付金の債権者は袴田忠一郎個人であると断定できる。

即ち甲第三二号証(通帳)一五枚目貸付金利子の記載並びに原審第六回口頭弁論における証人袴田忠一郎の証言(同証人調書第五項)及び原審第九回弁論における証人河合力雄の証言(同証人調書第三項、第五項)から袴田忠一郎は株式売買のため昭昭二四年五月頃から訴外黄金証券株式会社の店に連日の様に出入し同社社長河合力雄の勧めにより同社の顧客らに投資資金を融通し利子を得ていたことが認定出来る。

従って右金員の貸付は全く会社とは関係なき忠一郎個人の行為である。

原判決は上告人が原審において提出した右書証及び証人の証言を全く無視し一審と同じ非論理的な形式論によって前記の如き認定をなしたのは理由不備の違法を免れない。

第五、内野、村山無線、脇坂、金窓、鎮目に対する貸付金の貸主

一、原判決(一審判決)の認定

一審判決理由(二二枚目裏六行目より)によれば前記会社所有の簿外預金から出金されてこれらの貸付がなされ且つこれが返済されて右預金に入金されているので右預金が会社の所有にかかるものである以上これら貸付金債権も亦会社の所有であると認定し原判決もこれを引用している。

二、上告人の主張

(1) 右預金が会社の所有であるという前提が誤判であることは既に縷説したところである。

(2) 仮りに原判決の判示しているとおりこれら預金が会社の簿外預金であるとしてもこのことから直ちに右貸付行為がすべて会社の行為であると推断することは早計の譏りを免れない。

会社の目的、右貸付がなされた前後の経緯を綜合判断してこの貸付の貸主が誰であり借主が誰であるかを確定しこの上でその資金の出入がされている預金の所有が会社であるか個人であるかそれともどんぶり勘定によりその両者が混入しているものかを判別すべき筋合である。

処が原判決の論理は全くこの逆である。

(3) 右貸付金の貸主が袴田忠一郎個人であることは原審第七回口頭弁論における証人袴田忠一郎の証言、第九回口頭弁論における証人内野清治の証言、第一〇回口頭弁論における証人袴田八平の証言等により明かである。

原判決がこれら証人の信憑力ある証言を全く無視し会社所有簿外預金から出入があるというただそれだけの形式的理由からこれら貸付金を会社所有であると認定したことは理由に不備があるものと謂わなければならない。

第六、袴田忠一郎に対する貸付金、袴田に対する貸付金

一、原判決(一審判決)の認定

一審判決(二四枚目表五行目より)はつぎの事実を認定し原判決もこれを引用している。

(1) 債権投資のため有限会社所有簿外預金から出金がされ債券売却により同預金に入金がされている。

「この債券の取引はその性質からみて、前記有限会社の行為とは認め難いので、会社の預金を或程度自由にでき、また株式取引の衝にあたっていたとみられる前記袴田忠一郎を債券の取引の主体と推定し、したがって前記預金の出入を同人に対する取引資金の貸付またはその弁済とみる証人菅野昌一の証言はやや大胆にすぎる嫌いがあるとはいえ、反証のない限りこれを首肯すべきである」

(2) 株式取引のため有限会社簿外預金から出金がされ株式売却により同預金が入金されている。

「前号後段と同じ推理により右投資は訴外袴田忠一郎の行なったもので預金の出入は同人に対する投資資金の貸出とその弁済であると認める」

二、上告人の主張

(1) 一審判決(原判決)が被上告人税務署担当者の主張を「やや大胆に過ぎる」と批判しながらもこの「推理」を踏襲し袴田忠一郎に対する貸付金と袴田に対する貸付金を捏造し、これを有限会社の簿外財産を認定した非論理性には呆れ果てて上告人は反駁の方途を知らない。

税務署の係員の意見ならば一笑して黙殺することも出来るであろう。

然し乍ら正義の実現を目的とし論理の場であるべき裁判所でこの様な奇妙な議論がなされるとはいかに法律家が税法に弱いからといって許さるべきではない。否税法以前の問題である。

(2) 何故袴田忠一郎は個人で債券や株式の取引をしていたその取引のため使用されていた各種預金の出入は個人のものであるこの取引を除外したその余の預金の出入のうちこれとこれの部分が会社の行為と認定出来るからこの分につき資産増減法によりいくらの所得があったと明快な判断を下し得ないのであろうか。

思うにこの様な立場に立てば真実の会社の所得は減少し税務署側の顔をつぶすことを裁判所が懼れたからと疑うのは上告人代理人の僻みであろうか。

第七、袴田英雄に対する貸付金

一、原判決(一審判決)の認定

一審判決理由(二八枚目裏五行目)によれば「氏名不詳者某に対する貸付金の弁済として前記渡辺春雄名義の普通預金に昭和三一年九月七日一五〇、〇〇〇円、前記川島一雄名義の普通預金に同年一〇月六日四〇、〇〇〇円也、同年一一月一日八〇、〇〇〇円の各入金がありそれまでに同額の貸付がなされていたことが認められる」のでこれを同会社の資産に計上すると判示し原判決もこれを引用している。

二、上告人の主張

(1) 右預金に右のとおり入金があることは認める。

(2) 右入金は袴田忠一郎個人が氏名不詳の者に対し貸付をなしその返済がされたものである。従って仮りに前記渡辺春雄、川島一雄名義普通預金が会社の簿外財産であると仮定してもこの分の入金は個人の財産が混入しているものとして預金の増加分から差引かるべき筋合である。

(3) 仮りに原判決の認定事実がすべて正しいとしても原判決は加減の法則を誤っている。

上告代理人は原審の弁護中真逆数字に堪能な被上告人が初歩的算数の原則を間違う筈がないと思い看過してきたのであるが預金に入金があったことからこれまでに同額の貸付がなされていると謂うのであれば同額の貸付金債権を昭和二八年九九月一日の第一事業年度期首財産として掲げらるべきである。すなわち別表9及至12の仲田らに対する貸付金と同様の取扱をなすべきである。

預金のうちから出金がなされている――資産の減少である――会社の債権に化体したというのであれば差支ないが預金に入金がされている――資産の増加である――これに見合う債権の存在が期首に推認されるというのでなければ辻褄が合はない。

一審判決(原判決)は別表22において現金一五〇万円也を期首財産に計上しているがこの事実認定、法律構成の当否は暫く措き計算方法としては正確である。

即ち、

(イ) 昭和二九年六月一五日内野圭三に対する二五〇万円也の貸付金債権が発生した。(資産増加)

(ロ) このうち一〇〇万は福田一雄名義当座預金から出金されている。(資産減少)

(ハ) 差引一五〇万は出所不明で反証がない限り現金として期首財産に掲げられるべきである。

右の計算方法をとるとすれば会社は袴田英雄に対し当該事業年度において債権を取得したのではなく第一事業年度の当初から債権が存在していた若くは右と同様第一事業年度の当初において二七万円の現金が存在しこれをある事業年度において袴田英雄が第三者に貸付け第四事業年度にその返済をうけ預金に入金されたと計算すべきである。

結局原判決は被上告人税務署係官の数字の魔術に引かかったまま期首財産の存在により所得が差引かるべきものを逆に加算し二重の資産増加を認定した理由の齟齬がある。

第八、計算書類(乙第六号証、七号証)の検討

一、以上上告人の論旨は決して形式論を弄び原判決の挙足を取りその非を鳴らすものではない。

一部裏取引による金銭の出入があるから福田預金は会社の所有である 福田預金と関係があるからその他の預金も会社の資産である 又この預金が入金されているから貸付金債権も会社の所有であるといった原判決の形式論否論理を無視した暴論に反撥するものである。

上告人は各種預金の出入を仔細に検討しその回数、金額の大部分が会社の裏取引と関係があるというのであれば仮りにその僅かな部分に個人財産の出入と目すべきものがあるからといって、その瑕瑾を把え原判決を攻撃する気持は毛頭ない。

茲にこれら預金の出入を集計した山口税理士作成の計算書類(乙第六号証、七号証)に基きその内容の大綱を解明する。

二、計算書類作成経過

(1) 原判決(一一枚目表三行目より)は「証人菅野昌一の証言によれば被控訴人による前記特別調査の段階においては、会社はもとより忠一郎自身も前記各預金、貸付金等が同社のものであることを認めて争わず、むしろ前記乙第六号証等の計算書類は、主として忠一郎の記憶と意見にもとずいて作成されたもので、同人らが右書類は袴田商会の収支を明かにするために作成するものであることを十分に知りながら、あえてこれらの出入金を忠一郎個人のものとしてその記載から徐外する等の挙に出た形跡の全くなかったこと……(中略)を考えれば前記預金、貸付金、立替金、現金等の名義のいかんにかかわらず被控訴税務署長がこれをもってすべて有限会社袴田商会の各係争事業年度における簿外資産であると認めたことは相当である」と認定している。

右認定によれば右計算書類は有限会社の簿外財産一覧表として上告人が被上告人に提出したものとなる。

(2) 上告人は原審において証人山口智司、袴田忠一郎、上告人会社代表者本人の尋問を求めて右認定事実に対する反証を提出した。

これによれば山口経理士は横浜中税務署係官より福田一雄、新谷金作、川島一雄、中村良作、渡辺春雄と云う名義の預金があるからこの預金の収支を纒めて書き出す様にといわれたので、税務署から指定された預金について通帳のあるものはこれによって、通帳のないものは銀行に問い合せて日附順に預金の出入を纒め、一覧表に作成したのが乙第六号証でありこれを集計したのが乙第七号証であることが認められる(原審第一〇回口頭弁論調書中証人山口智司に対する証人調書第九項、第一七項参照)。

右のとおりこれら計算書は税務署側の指示に基き作成した預金の収支一覧表と集計表であって、会社の簿外財産一覧表であるという前提に立って作成されたものではない。

(3) 菅野証言と山口証言を対比させ何れが真実であるかここで議論することは無益である。

むしろ乙第六号証、七号証の記載それ自体を検討して同号証のもつ意味を究明すべきである。

(イ) 乙第七号証一枚目(11)の欄に立替金の記載がある。

この内容は例えば乙第六号証四枚目自昭和二八年九月一日至昭和二八年八月三一日事業年度収支一覧表の立替金欄に五〇万円の支出がなされているがこれは乙第六号証二枚目裏昭和二九年七月二六日出金欄に福田口座より上保契約金として金五〇万円也が支出されていることに対応するものである。

又乙第七号証六枚目自昭和二九年九月一日至昭和三〇年八月三一日事業年度収支一覧表の立替金欄に一五〇万円、六五万円の支出がなされているがこれは乙第六号証四枚目表昭和二九年一一月二二日出金欄に福田口座より建築代金として金一五〇万円也の出金があり更に同号証四枚目裏昭和三〇年一月二八日出金欄に福田口座より大林組建築資金として金六五万円が支出されていることに対応するものである。

若し乙第六号証、七号証が原判決の認定したとおり会社の簿外財産を集計したものであるならば地主上保に対する権利金の支払として或は請負人大林組に対する建築代金の支払として表示した筈である。これが立替金という欄で処理されている所以はとりも直さず忠一郎が個人として債務者である会社に立替え債権者である賃貸人上保又は建築請負人大林組に支払をなしたことを物語るものである。

(ロ) 次に乙第七号証一枚目(12)の欄に増資払込の記載がある。

この内容は同号証六枚目自昭和二九年九月一日至昭和三〇年八月三一日事業年度収支一覧表増資払込に四〇万円、一三〇万円の支出がなされており、これは乙第六号証五枚目裏出金欄に横浜銀行増資払込として福田口座より四〇万円、川島口座より一三〇万円支出されていることと対応するものである。

右増資とは一審判決(原判決引用)が認定しているとおり(二八枚目表終より二行目)有限会社の増資で右一七〇万円はこの資金である。

若し乙第五号証、七号証が原判決の認定したとおり会社の簿外財産を集計したものであるならば右引用した一審判決認定のとおり会社の社員に対する貸付金若くは袴田忠一郎に対する貸付金として表示されなければならない。これが増資払込として処理された所以はすなわち、忠一郎が会社の増資に当り社員の氏名を借用して全額払込をなしたもので右預金は忠一郎個人の所有にかかるという前提で計算書類が作成されたことを示すものである。

以上の事実から判断すればこれら書類は山口税理士が会社の簿外預金を集計したものではなく、同証人が証言したとおり税務署担当官の指図に従いその所有者が何れであるか確定しないまま預金の出入を集計したものであることが窺われる。

三、裏取引の実体

右計算書から原判決のいわゆる裏取引に当る仕入、売上は幾何になるであろうか。

乙第七号証一枚目(13)の仕入欄記載にあるとおりその仕入は昭和二七年九月一日より昭和三三年三月三日の調査全期間を通じ金四、〇一一、二〇六円に過ぎずこれに対応する売上は明確ではないが一応山口税理士の同(27)不明欄の大部分がこの売上金に当るものと推測されるという原審第一〇回口頭弁論における証言(同証人調書第三〇項)からその全部が売上金であると仮定しても右期間を通じ四、五六八、四七三円に過ぎない。

結局原判決がいかにも多量の裏取引をして所得の逋脱を図ったという裏取引の実体は一言で蔽えば全期間を通じ四〇〇万円の裏仕入をして五〇万円の荒利益があったという結果に過ぎないのである。

四、債券利子及び株式配当金

一審判決(原判決)は債券及び株式の取引は袴田忠一郎個人の行為であると認定しているのでその果実である利子及び配当金が忠一郎個人の所有であることは明確なのでそれが幾何右預金に入金されているであろうか。

乙六号証よりこれを摘示すれば

(第一事業年度)

(1) 昭和二九年四月一九日新谷名義普通預金配当金八九、九五〇円(一枚目裏)

(2) 昭和二九年四月二四日同預金に債券利子金三〇、〇〇〇円也(一枚目裏)

(3) 昭和二九年四月二六日同預金に債券利子金二〇〇、〇〇〇円也(一枚目裏)

(4) 昭和二九年四月二七日同預金に債券利子金三〇、〇〇〇円也(一枚目裏)

(5) 昭和二九年五月四日同預金に配当金四四七、九九五円(一枚目裏)

(6) 昭和二九年六月七日福田名義当座預金に配当金二七一、四〇〇円也(二枚目裏)

(第二事業年度)

(7) 昭和三〇年四月九日中村名義普通預金に債券利子金一七〇、〇〇〇円也(五枚目表)

(第五事業年度)

(8) 昭和三二年一一月一三日川島名義預金に配当金四、五〇〇円(一〇枚目表)

以上合計金一、二四三、八四五円也は明かに個人の所有である。

この金額は驚くなかれいわゆる裏取引によって得られた荒利益に倍するものである。

五、債券及び証券取引資金

一審判決理由五の(六)及び(八)に摘示されているとおり袴田忠一郎の債券及び証券取引のため前記預金口座よりつぎの出入金がなされていることが乙第六号証、八号証により明かである。

(1) 債券取引

(第一事業年度)

(イ) 昭和二九年八月 二日新谷口座 三五五、〇〇〇円入金

(ロ) 同 年八月 四日同口座 八五、〇〇〇円入金

(ハ) 同 年八月一四日同口座 五〇〇、〇〇〇円入金

(第二事業年度)

(イ) 昭和二九年一〇月一三日福田口座 九六六、五二一円入金

(第四事業年度)

(イ) 昭和三二年六月一七日渡辺口座 一、〇〇〇、〇〇〇円出金

(ロ) 昭和三二年八月三一日川島口座 一、〇〇〇、〇〇〇円出金

ちなみに右判決の摘示するつぎの入金は乙第六号証の一覧表摘要欄にあるとおり債券売却代金の入金ではない。

(イ) 昭和二九年一一月二四日福田口座 一、五〇〇、〇〇〇円

(ロ) 昭和三二年三月二五日中村口座 一、三一六、〇〇〇円

(2) 株式取引

(第一事業年度)

(イ) 昭和二九年五月一五日福田口座 六〇五、三三二円出金

(ロ) 同 年五月二一日同口座 三七一、〇一三円出金

(ハ) 同 年六月 八日同口座 二六四、二五〇円出金

(ニ) 同 年六月二二日同口座 二三一、二四〇円出金

(ホ) 同 年六月二四日同口座 六九〇、〇〇〇円出金

(ヘ) 同 年七月一〇日同口座 七一〇、八六〇円出金

(ト) 同 年七月一二日同口座 一、〇〇〇、〇〇〇円出金

(チ) 同 年八月二五日同口座 二一六、八五二円出金

以上合計 四、〇八九、五四七円出金

(第二事業年度)

(イ) 昭和二九年九月 四日福田口座 九二〇、〇一九円出金

(ロ) 同 年一〇月 六日新谷口座 二〇〇、〇〇〇円出金

(ハ) 同 年一〇月一三日福田口座 一、〇〇〇、〇〇〇円出金

(ニ) 同 年一一月一七日新谷口座 二、〇〇〇、〇〇〇円入金

(第三事業年度)

(イ) 昭和三一年四月 五日川島口座 五〇〇、〇〇〇円出金

(ロ) 同 年七月二三日同口座 一、五〇〇、〇〇〇円出金

(ハ) 同 年同 日渡辺口座 五〇〇、〇〇〇円出金

(ニ) 同 年同 日中村口座 五〇〇、〇〇〇円出金

(第四事業年度)

(イ) 昭和三二年二月四日中村口座 一、四一〇、〇〇〇円出金

結局債券取引として第一事業年度に約一〇〇万円、第二事業年度に約一〇〇万円債券売却により前記預金口座に入金がなされ第四事業年度に二〇〇万円右預金口座より出金され買増されている。

又株式の取引として第一事業年度に約四〇〇万円出金され、第二事業年度に約二一〇万出金され、二〇〇万入金があり、第三事業年度に四〇〇万、第四事業年度に約一四〇万各出金されている。

右債券及び株式の取引はその金額からいって前記裏取引の額を遙かに超過しておりこれら預金が右取引の資金源となっているものである。

而してこれら預金より出金され買付けられた株式はその後売却されその代金が預金口座に入金されぬまま第三者に貸付けられたものもあり現在となってはその経路を遂一追究することは全く不可能である。

上告人は前記預金のうち少くとも右債券及び証券取引のため出入された金員は袴田忠一郎個人の所有であると認定すべきものと信ずるものである。

六、貸付金、融通手形の交換、手形割引

(1) 集計表(乙第七号証)(5)の欄の記載によってつぎのとおり貸付金、融通手形の交換ならびに手形割引がなされていたことが明かになる。

(イ) 第一事業年度

貸付金合計金 九、六九一、四五二円 出金

(一三、七八〇、九九九円より前記株式取引による出金合計金四、〇八九、五四七円を差引く)

返済金合計金 一二、六六四、二一七円 入金

(ロ) 第二事業年度

貸付金 一二、五六一、八六三円 出金

(一四、六八一、八八二円より前記株式取引による出金合計金二、一二〇、〇一九円を差引く)

返済金 一五、一四二、八四二円 入金

(一五、六四二、八四二円より前記株式取引による入金二、〇〇〇、〇〇〇円を差引き昭和二九年一一月二四日福田口座への入金一、五〇〇、〇〇〇円を加える)

(ハ) 第三事業年度

貸付金 一四、九五一、四〇九円 出金

(一七、九五一、四〇九円より前記株式取引による出金三、〇〇〇、〇〇〇円を差引く)

返済金 一六、二〇九、四六八円 入金

(ニ) 第四事業年度

貸付金合計 四、四九八、四〇〇円 出金

(五、九〇八、四〇〇円より前記株式取引による出金一、四一〇、〇〇〇円を差引く)

返済金合計 九、二九六、〇二八円 入金

(七、九八〇、〇二八円に昭和三二年三月二五日中村口座への入金一、三一六、〇〇〇円を加える)

結局右取引のため前記預金より

金四一、七〇三、一二四円 の出金がなされ

金五三、三一二、五五五円 の入金があった

ことになる。

この出入金の差額約一、二〇〇万は期首において期末より多い貸付金等の債権が存在したこと、並に前記のとおり株式売却による代金がそのままこれら債権に転化していることから生じたものと推測されるが今この点は問題でない。

又右貸付金等の債権につき原審においてなされた証拠調の結果に基きその所有者が有限会社ではなく袴田忠一郎個人であることを上告人は主張するものであるがここにおいてはこれ亦問題でない。

最大の事点は僅々四〇〇万円の裏取引による金銭の出入がなされているただそれだけの理由から預金の全部を有限会社の簿外預金であると独断し、その一〇倍に余る金銭の出入がなされている貸付金債権の発生原因につき一言の言及もないままただ右預金と関係があるという理由からこれらを会社の所有と認定した原判決(一審判決)の非常識さである。

第九、青色申告書提出承認取消通知書の発送

一、原判決(一審判決)の認定

(1) 一審判決(理由二項一五枚目裏終から三行目より)は青色申告提出承認の取消通知書(甲第五号証)は本件再更生等の処分の通知書ならびに納税告知書(甲第一号証乃至第四号証、第一〇号証)とともに同一の封筒(甲第八号証)に入れ、昭和三三年四月二四日書留郵便により発送された事実を認定し原判決もこれを引用している。

(2) 原判決(四枚目表終から五行目より)は更に上告人が右処分に対し再調査請求及び審査請求をなした際右青色申告書提出承認取消の通知が右更正又は再更正の決定より後になされた旨の主張をしていなかった事実を把え一審判決認定事実の真実性を推認している。

二、上告人の主張

(1) 何よりも先ず(甲第八号証)を見て頂き度い。

在中書類として「更正決定通知書」と「納税告知書」が表示されているに過ぎない。

凡そ官庁の発送する書留郵便物で在中書類として表示された以外の書類が同封されていることは経験則上極めてその例に乏しいところである。

勿論公務員も人間である。人間として誤もあれば失念もあることを否定するものではない。然し乍らこの場合誤をし、或は失念をした公務員が他の書類を同封して発送したという正確な証言をして甫めてこの事実を推認出来るのである。

処が一審判決が採用する証人立花義男、上田秀和、越後敏男、工藤トシ子の証言の何れを精読しても右事実を認定する直接証拠はない。

(2) 原判決が理由として掲げる事実も亦上告人の主張の排斥する補強証拠とするには足らない。

上告人及び当時の代理人弁護士天野郷三は税法に対し必ずしも充分な知識を持合せていたものとは思われない。

而も再調査請求書(甲第六号証)を一読すれば明かなとおり同人らは被上告税務署側の更正決定をなした理由を明かにしない「知らしむべからずよらしむべし」的な態度に反撥し且つ資産増減法による所得推認がなされているのでこの資産と看僻されているものの大部分は袴田忠一郎個人所有であるとして実質的理由から更正決定に対し再調査を求めているのである。従ってこの再調査請求の際主張していないからといって主張していない事実は存在しないものと認定した原判決は誠に不可解な官僚的態度であると謂わなければならない。

第一〇、結論

一、結局上告人が御庁において求める判決の要旨はつぎのとおりである。

(1) 福田一雄名義当座預金の出入の一部に会社の簿外取引に基く代金の支払又は代金の入金があるだけの理由から直ちに右預金全部を会社の所有と認定したのは理由の齟齬である。

この預金出入の内容を仔細に検討した上でその所有者を判定すべき審理不尽の違法がある。

(2) 福田一雄名義と関連があるだけの理由でその他の預金を会社の所有であると認定したのは理由の齟齬である。

これら預金出入の内容を仔細に検討した上でその所有者を判定すべき審理不尽の違法である。

(3) これら預金から出入がなされたという理由だけで貸付金等の債権を会社の所有であると認定したのは理由の齟齬である。

これら債権発生の原因、弁済の経過などを仔細に検討した上でその所有者を判定すべき審理不尽の違法がある。

(4) 第四事業年度において袴田英雄に対する貸付金の入金が普通預金にされておりそれだけで資産増加があるのに更に同人に対する貸付金を入金された事業年度の資産に計上したのは明かに会計法則に違反した理由の齟齬である。

右理由の不備若くは齟齬の何れをとっても原判決を破毀し東京高等裁判所に差戻し審理をし直すべきことは論を挨たない。

二、右の如き誤判がなされた根本原因は奈辺に存するであろうか。

上告人は本件法人税の特別調査がなされた当初被上告税務署調査員菅野昌一の抱いた予断が福田名義預金の本質を曲解し、同人の独断が延いては裁判所を誤判に陥れたものと断じて憚らない。

すなわち一審第二〇回口頭弁論における同人の証言によれば

(1) 株式会社若月製作所の法人税調査をした足立税務署より横浜中税務署に対し三和銀行横浜支店における福田一雄名義の当座預金が有限会社の仮装預金であると文書により通報をうけた。

(2) そこで昭和三三年二月下旬同人は同銀行支店において右預金を調査した結果この口座から簿外仕入代金が支払はれ又売上代金が入金されている事実が判明した。

(3) 更に同預金のうちから多額の金が黄金証券に流出していることが判明した

というのである。

若し右調査員が真実を追究する職業的良心を持っていたならいかなる根拠で福田名義の預金から黄金証券に資金が流出したと判定出来るであろうか。流出という限り預金は会社の所有でこれから個人の株式投資に資金が流出したというのであろうがこの様な調査初期の段階において預金の所有者を会社であると予断することは厳に慎しまなければならない。事実黄金証券を調査したところ「ハカマダさんから依頼された取引口座」である羽田時雄名義顧客先口座を通じ袴田忠一郎が多額の株式取引をしていることが判明したのである。

主として株式の取引に使われていたのであれば福田口座は個人の所有であるとも考えられる。

この当然抱かれる筈の疑問も菅野は流出の一語を以て片付け更にこの予断を推し進め羽田口座から入金があるという理由からその他の名義の普通預金も会社の隠匿資産であると判定し袴田忠一郎個人の弁疏は元より会社の役員、担当経理士、会計係の弁解も受付けぬまま本件更正決定をなしたものである。

刑事事件において時に無罪判決がなされる事件の多くは当初捜査に当った巡査の予断が事件の真実性を失わせ担当検事裁判官の心証を誤らしめた例が多いのと本件は軌を一にしている。

三、仮りに上告人の右一の論旨が理由ないものとしても原判決はつぎの二点について明白な理由の齟齬があるので破毀さるべきである。

(第一の理由)

(1) 第一事業年度(昭和二八年九月一日より昭和二九年八月三一日まで)においてつぎのとおり株式の配当金及び債券の利息が入金されている。

(イ) 昭和二九年四月一九日新谷名義普通預金に配当金八九、九五〇円也

(ロ) 昭和二九年四月二四日同預金に債券の利子金三〇、〇〇〇円也

(ハ) 昭和二九年四月二六日同預金に債券の利子金二〇〇、〇〇〇円也

(ニ) 昭和二九年四月二七日同預金に債券の利子金三〇、〇〇〇円也

(ホ) 昭和二九年五月四日同預金に株式配当金四四七、九九五円也

(ヘ) 昭和二九年六月七日福田一雄名義当座預金に株式配当金二七一、四〇〇円也

又第二事業年度(昭和二九年九月一日より昭和三〇年八月三一日まで)において昭和三〇年四月九日中村名義普通預金に債券利子一七〇、〇〇〇円也の入金がある。

(2) 原判決は債券および株式の取引は袴田忠一郎個人の行為で有限会社とは関係ないものと認定している以上、右債券および株式の果実である利子や配当金の所有は同人個人の所有にかかるものである。

(3) 右個人所有の明かな金員が入金されて生じた預金の増加分を以て有限会社の資産の増加であると認定した原判決は理由の齟齬である。

(第二の理由)

(1) 第四事業年度(昭和三一年九月一日より昭和三二年八月三一日まで)においてつぎのとおり氏名不詳者に対する貸付金の弁済として入金がなされている。

(イ) 昭和三一年九月七日渡辺春雄名義普通預金に金一五〇、〇〇〇円也

(ロ) 昭和三一年一〇月六日川島一雄名義普通預金に金四〇、〇〇〇円也

(ハ) 昭和三一年一一月一日同普通預金に金八〇、〇〇〇円也

(2) 右貸付金債権が発生した年月日が何時であるか又その資金がいかなる財産から支払われたか不明であるがいずれにせよ右事業年度において貸付金債権二七万円を更に資金として計上したことは会計法の原則を誤まり二重に資産増加を認定したことになるので原判決は理由の齟齬がある。

第一一、おわりに

一、上告代理人は一審における証拠調終了後前訴訟代理人の死亡により、これを引継ぎ原審における弁論に関与してきたものである。

従って一審の記録は一応目を通し又原審記録には十分精通しているつもりであるが本上告理由書を作成するに当り一件記録を再読するのに丸三日間を必要とした。

毎年数千件の新件を抱える最高裁判所の裁判官、調査官に本件記録を精読して頂き度いと上申することは恐らく不可能を求めるに等しいことは法曹界に身をおく上告人代理人としては十分了解している。

然し不可能だからといって放置されてしまうことは正義の殿堂たるべき裁判所の権威を自ら否定することになるのである。

最高裁判所(高等裁判所)は棄却裁判所と言われる。統計上上告理由が認められ原判決が破毀される割合は上告事件の五パーセントにも満たない。

而して上告理由がありとされる事件の或るものは大衆若くはマスコミの力を借り事件の重大性が世人に認識された場合であり又或るものは弁護費用を惜しまず著名な弁護士を代理人に選任しその弁護士の法曹界における信用によって裁判所に事件の重要性を取上げさせた場合である。名もなき弁護士の上告理由書は論旨理由なきものとして棄却されるため存在すると称しても過言ではない。

上告代理人は本理由書を作成し乍らも同時にその努力の虚しさを覚えるものである。

然し私は法曹界の片隅で法律に掌わる一弁護士として原判決の理由にはいかにしても納得がゆかない。

茲に私は私の弁護士生活二〇年の最初の上告事件として私の持つ法律と裁判に関する知識に対し御庁の判断を求める次第である。

二、上告代理人は本理由書において一、二審判決を非難し乍ら同時に自分の能力、努力の不足を痛感するものである。

一審において事件を引継いだ際十分事件を調査をなし現在本件につき有する知識を持つことが出来たなら前弁護士の弁論を踏襲することなく新な立場から十分上告人の主張を尽くすことが出来た筈である。又原審においても本理由書に記載したような立場を審理の当初から明確に主張していたならば或は裁判官の理解を得られたかもしれない。

一、二審を通じて弁護技術の拙劣さと努力の不足に対し慙愧の念に堪えないところである。

三、法曹人にとって数字の羅列は鬼門である。

私自身本理由書を書く迄は計算書類(乙第六号証、七号証)を理解することが出来なかった。

本理由書に掲げた数字の根拠につき裁判官、調査官において疑念をさしはさまれた場合にはいつでも裁判所において書証に基きその由って来る所以を明かにする用意がある。 以上

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